日本橋神経クリニック

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難治てんかん(治りにくい)てんかんの治療

難治てんかん(治りにくい)てんかんの治療

毎月開催されていた日本てんかん協会東京都支部のてんかん講座。コロナ禍で中止されていましたが、2020年8月30日に再開第1回目がWeb講演会の形式で開かれ、講師を務めさせていただきました。講演録が同支部機関誌「ともしび」に掲載されたのでご紹介します。

テーマは「難治てんかん(治りにくい)てんかん」。発作が止まりにくかった場合の対処について、診断、治療の見直し、薬物療法以外の治療法の検討についてお話しました。最後に、協議の医療以外で重要な役割を果たす患者教育に関して、当クリニックで取り組んでいるモーゼス・プログラムを紹介させていただきました。

この10年、次々と新しい抗てんかん薬が登場しました。それ自体、これまで発作に苦労されてきた方々には朗報ですが、従来薬とされている薬でも工夫の使用はあります。てんかんの薬物療法の原点にも触れました。参考にしていただけたら幸いです。

下記をクリックしてご覧ください。

ともしび2020年10月号

日本てんかん協会機関誌「波」に紹介されました

開院から5か月。看護師、検査技師、受付の3名のスタッフの個性も輝き始めました。先日、覚醒時の脳波検査は絶対無理という重度の障害をお持ちの患者さんが来院。採血と脳波検査を覚醒時から睡眠ステージ2まで、創意工夫とチームワークに若干の犠牲を払って完璧に実施。途中経過をこっそり見ていた私は、「すごい、さすが」うなっていました。感動の面持ちのお母さまとの面談。途中でお母さまが「あれっ、あの子スマホを置いて行ってしまった。どうして待合室がこんなに静かなのだろう。スマホなしではいられないのに」と不思議そうな顔をされていました。診察を終えた私も気になり待合室を見ると、受付のスタッフがキッズスペースで、開院のお祝いでいただいた絵本を読み聞かせたりおもちゃで遊んでいる姿が目に入りました。いつから友達?魔法にかけた?仲睦まじく並んで座っている様子に、見つかって邪魔にならないようにと足早に背を向けました。ドイツで障害のある人のボランティアをしており、世界最大のてんかんセンターであるベーテルてんかんセンターを訪れた経験もあり、病気で困った人の助けになりたいと応募したそのスタッフの面目躍如。印象に残る日になりました。労災としてスタッフの皆さんにはゲンタシン軟膏を持って帰ってもらいました。

5か月という時間経過が反映された記事になりました。ぜひともお読みください。

nami2010-16

日本てんかん協会・千葉県支部の機関誌に、当クリニックが紹介されました

久々の更新です。

5月1日に開院したものの、コロナ感染症への対応の緊張感の真っただ中、千葉県支部の方々がクリニックを訪問してくださいました。懐かしい千葉の仲間の中に、熏君パパと宇都宮からわざわざ来ていただいた未輝子さんの顔もあり、感動はさらに大きくなるとともに、どれほど心強かったことか。

ひとしきりクリニック内をご案内した後、食事をとることになりました。院長がコロナに罹ったらシャレにならないので、自室とクリニックとスーパーの3点を結ぶ日々を送っていた私は、東京に来て3回目の外食を楽しみました(ちなみに店には私たち以外誰もおらず、貸し切り状態でした)。

驚いたのはその後のこと。何と、その時の様子を千葉県支部機関誌「わかしお」で紹介していただいたのです。記事の中では、千葉県支部の親子キャンプに、当時都立神経病院から馳せ参じた記憶まで蘇らせてもらいました。静岡に行く1年前のこと。第1回目参加の名誉に感謝しています。その後も2回、最後は静岡からの参加でした。バスの車窓から見えたコンビナート、途中立ち寄った公園、昆布を煮しめたような色の養老温泉。すべて鮮明に覚えています。

わかしお202008-1

わかしお202008-2

そして最後に未輝子さんの訪問記。私の説明を100倍くらい盛ってくださった訪問記。本当にありがとございました。訪問記に負けぬよう精進することを誓った次第です。

わかしお202008-3

わかしお202008-4

「ここなら薫を一人でこさせられるなぁ。」という薫君パパの一言は、とてもうれしかったです。てんかんのある人が、エレベーターを降りた瞬間、ホッとする空間を作りたいという願いを感じてもらえたと思ったからです。

11月には、東京都支部の相談員の方々が、クリニックの上の階にあるペロぺパというセミナールームを使って、ケース会議を開くことになっています。医療機関としてだけではなく、様々な方が自分の場所と感じて様々な形で関わっていただけたら本望です。